ウィンクルム

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「私、接木芳香(つぎきよしか)と申します。この移動書店の店主です♪」 「はじめまして、テルケダと名付けられております。……移動書店、ですか」  ワンルームにも満たない、人二人がようやく座れるかという車内。  室内に収められているのは、しかし生活用品ではなく、年代を経た数十冊の本達だった。 「生の本に触れてもらう喜びって、データとは違うじゃないですか」  飛び出す絵本や、特殊な紙や装飾で見せる本、手触りや質感にこだわった本、表紙や袋とじに仕組みを凝らした本。テルケダは、それらの本の種別を、一瞬で把握していた。 「こういう本は、やっぱり実物を見てもらうのが一番ですから」 「……今の時代、紙の本は希少でしょう。傷つきやすい外の環境は、危険だと考えます」 「でも、本の魅力を伝えたい! だからこその外回り!」 「また、来客は私だけと解釈しますが」 「……閑古鳥でも、ウェルカムなんですけどねぇ」  苦笑する彼女を前に、テルケダは無表情のまま、呟く。 「――嫌ではありませんか。私のような客は」 「はい? なんでです?」  すっと、テルケダは指さす。自分の瞳、そして口の中。うっすらと刻まれた、紅い識別模様を。 「……『ドール』さん、ですよね。なんで嫌がると、想われるんです?」 「私も、本という存在を片隅に追いやった、原因の一つでしょうから」  ふむ、と芳香は腕を組み、ドールという存在の知識を掘り起こす。  ――ドールタイプは、自律式AIを組み込まれた、人型アンドロイドの一種だ。そして……神の領域を侵した、罪の形の一つとも言われている。  芳香は言葉を選びながら、テルケダへと言葉を返す。  「ドールさんができたから、じゃないと想いますよ。だって、人間が本質的に本好きなら……こうして、私が車を走らせることもないですから」
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