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「神田さん、おれ辞めようかと思うんです」
言った瞬間、テーブル中央のランプの灯が少しだけ揺れて光ったように見えた。
おれは言った。ようやく言った。
会社を辞める。
ぎゅうぎゅうに振り絞ったボロの雑巾から一滴しずくを絞り出すように、この一言を喉の奥底から引きずり出して、大きく細く息を吐く。神田さんにその音が聞こえない程度に細く長く。
「おぉ、そんで?」
神田さんはいつもと同じように頬杖をついて口角をくいと上げて、おれを見据える。何かこれから面白いショーでも始まるのかと言わんばかりに好奇心に溢れた子どものような目で。
この人はいつもそうだ。人が一生懸命話すのを面白がっているような目。嫌なんだよな、この目が。
さっき一口含んだと思っていたジントニックのグラスはもうカラになっている。
「何だか疲れてしまって。向いてないと思うんです。この仕事」
「まじ?いや向いてる思うけどなお前は」
「神田さん、それ本気で言ってるんです?」
「当たり前だよ、大まじよ」
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