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絶頂
ここは広校合唱部が活動している音楽室。二年前の全国混声合唱大会優勝トロフィーと更に昔の賞状が幾つか棚に飾ってある。
指揮台の上に立つ顧問の林恵一。年齢は確か四十三歳。林はグレイのスーツの上下に黒ネクタイを緩く結んでいる。丸みのある黒光りの靴に丸メガネ。丸が好きなんだろう。細身な体型と身に付けているものが完璧にマッチしているセンスのある顧問だ。
『バスからいくぞ』林が大谷桃子に合図を送る。
桃子は小学校からピアノを習っていて、ピアノ伴奏者として適任だ。ややぽちゃってのが愛嬌あって皆から好かれている。
桃子の指先の動きに合わせ各パート毎に口を揃えて歌う。
『アイビリーブインフューチャー信じてる』バスパートが歌う。
『次テノール』再び、林が合図し伴奏する桃子。
『アイビリーブインフューチャー信じてる』
『次、アルト』
『アイビリーブインフューチャー信じてる』
『次、ソプラノ』テンポよく指示を出す林。
『アイビリーブインフューチャー信じてる』
『全員』
『アイビリーブインフューチャー信じてる』
その時、合唱部の歌声に負けじと虫の鳴き声がリィリィリィリィと微かに聞こえてきた。何だか心地よく聞こえる程、心に余裕が持てた。
何度も小さく頷く林。
『今日の練習はここまで。この調子なら大会優勝も期待できるぞ』と満面の笑みで喜ぶ林。
『ふぅーー疲れたーー』
疲弊しきった小野寺雫がその場に倒れこみ、うつ伏せになる。雫はソプラノ担当。俺とは幼なじみ。お節介で空回りすることが多い。根は凄くいい奴だ。今度は仰向けになる雫。
『大地。お疲れ』
『お疲れ。雫の声、透き通ってて、隣で聞いてて心地良かったよ』
お世辞抜きに言う俺。
『ほんとーー? ほんとにーー! 大地に褒めて貰えると嬉しい!』
起き上がり、ピョンピョン飛び跳ねる雫。
そして、俺は藤山大地。早生まれの十七歳。担当パートはテノール。部活の欠席者がいる時、皆の喉のコンディションに合わせて他のパートでも歌うことがある。
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