『さかしまサーカス』本文

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 滑るように舟がやって来て、仮面の男が浜に下り立つ。 「いかがでしたかな、お客様。ならずものどものサアカスは。お愉しみいただけたかな」  悠土は無言で男を見つめた。「大いに結構」と、男は満足する。 「それではお代をいただこう。お代は君に無いモノ──それは、自由!」  長い指を悠土の額に当て、仮面の顔で大きく笑う。 「無いものを無くしたら、どうなると思う? 答えは、さかしま! 運命は回転する……」  仮面の男はスカートの少年を抱えて、ひらりと舟に乗り込んだ。ひとりでに舟が漕ぎ出されていく。 「連れていってはくれないのか、」  少年が月影に微笑む。 「君が本当に、千里眼だったらね」  悠土はたまらなく悔しくなった。 「君だって、本物の天使じゃないだろう」 「僕は天使だよ。無翼の天使だもの」  仮面の男の笑い声と共に、舟は遠く離れていく。月も次第に小さくなり、ついには暗闇。公演は終(しま)い。ブザーが鳴って、そこは本棚の並ぶ図書室だった。足元には脱げたスリッパが揃えて置かれていた。
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