第1章

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 冷たい水が、足を冷やす。眠たそうな水の音に、泡の弾けるプチプチいう音が混じる。泡か、魚が触ったのだろう、爪先が少しくすぐったくて、すぐに足を上げた。 泡の弾ける音は少しずつ感覚が短くなっていった。 それが明らかに自然の現象ではないのに気がついて、マイニャは慌てて池から離れた。  水面は、池が沸き立ったように荒れた。ハスの花が沈没間近の船のように揺れる。 「な、な、な」  水柱を従えて、白い獣が天井を割りそうな勢いで飛び出して来た。吹き上がった水が落ちてきて、スコールのように降り注ぐ。  マイニャの前にひざまずくように着地した獣の正体は、若い男だった。細い首に張り付く、濡れた紺色の髪。上半身は裸で、下はダブッとした黒い革のズボン。細身の体は、女性よりも真っ白だ。手首に重力調整リングをはめているし、あの肌の色。きっとミラルジュ星の民だ、とマイニャの冷静な部分が分析した。 男が顔を上げた。マイニャより二つは上だろうか。トラぐらいなら睨みつけただけで追い払えそうな鋭い目が、マイニャを見つめる。  マイニャは、なるべく中庭には行かないようにというナルドの忠告の意味が、今始めて分かった気がした。なるほど。こういう事があるからいけないのね。  そうだ。とにかく悲鳴を上げるなり、走って逃げるなりしないと。堂々と玄関を通ってこなかったのだから、悪い人に違いない。口を開けてみたけれど、悲鳴は喉で詰まってしまった。  しゃがみこんだまま、男は手を伸ばした。マイニャはビクッと体を堅くする。  意外と細い指先は、マイニャの足首の横を通りすぎた。そして、水と一緒に跳ね上げられて床で暴れる魚の尻尾をぎゅっとつかんだ。男は、バタバタ暴れる魚をそっと池に戻す。床にはまだ何匹か魚が跳ねていて、男はひょいひょいと救出を続けた。 (い、いえ、意外にいい人かも知れないわ) 「マイニャ?」  謎の侵入者は、最後の魚を助けてやりながら聞いてきた。一度歌を聴いて見たいような、低くいい声だった。 「は、はい」  反射的に答えてしまってから、ちょっと後悔する。 (こういう場合、人違いとかなんとか言うべきなのかしら) 「ユルナンを探す手伝いをしてもらいたい」  銀河共通語。これなら分かる。マイニャはホッとした。相手が共通語を理解するなら、こっちが命乞いしたときは通じるだろう。 「あ、あなたは……? なぜ、父の名前を」
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