その色彩に恋をした

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 暮れ行く夕日に照らされた教室の片隅で、ひとつだけ置かれていたキャンバス。  暗くなっていく景色の中で、そこだけが切り取られたかのように優しい茜色をしていた。   「よっ、見に来てやったぞ」 「先生」  年季の入った扉を開けて、中を覗き込む。美術室独特の、画材やら彫刻やらが収納された棚の前に並べられた作品たち。  入口近くに置いたテーブルで受付をしていた男子生徒は、俺の姿を見ると溜息を吐いた。 「見に来てやった、じゃないですよ」 「なんだ、不満そうだな」 「先生、うちの顧問ですよね? 見に来るのは当然じゃないですか?」 「あーはいはい、すまんすまん」  俺の適当な返事に、いまだ不服そうな表情をしながらも、諦めたらしくそのまま椅子に座りなおす。まあ、彼の言っていることはもっともなことではあるのだが、俺には俺なりに事情もあるのだ。どこの社会でも新人というのは肩身が狭い。 「で、展示はどうだ? 賑わってるか?」 「御覧の通りですよ」 「なるほど。いまいちだな」 「ですね」  ぐるりと室内を見回してみるが、居るのは俺と彼の二人だけ。おおよそ盛況とは言い難い。 「まぁ別にうちの美術部、特に有名ってわけでもないですからね。賞を取ったとかもないですし」  そう言いながら、彼はテーブルに置いた紙にさらさらと絵を描いて遊んでいる。顧問になって改めて思うが、絵を描ける人というのは視界と手の神経がどう繋がっているのだろうか。脳に特別な回路があるとしか思えない。 「ん? そういえば、この時間の受付って一年生じゃなかったか?」 「あー……」  ふと思い当たって尋ねる。今、目の前にいるのは部長。三年生だ。 「ちゃんと交代には来てくれたんですけどね。彼氏とのデート中断して来てくれたみたいで。……僕、特に見たいものとかないですし」 「お前……良い奴だなぁ」  損な役回りだけど。  今年入った一年生の女子は、同じクラスに恋人がいるらしい。部活中に時折グラウンドを見つめては微笑んでいる。そして、そんな彼女を見つめる視線があることも俺は知っている。……本当に良い奴だな。  俺が温かな目線を送っていると訝し気な顔をして、部長が口を開く。
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