第九章【落花流水】

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 この時世、そんなホワイト企業に勤められた自分はラッキーだと、文香もつくづく思っている。  だから、辞めるつもりは毛頭なかった。  だが今日いきなり社長室に呼ばれたことで、文香は不安を覚えた。  ―― もしかして、私がいると社内風紀が乱れるとか、会社にいられるとマズイとかって理由で、肩叩きされるとかじゃ……ないよね?  麻理子の気質を考えれば、そんな偏見を抱く人間でないことは明白だが、何しろ一紫と出会ってから人生は予想外のハプニングだらけだと悟った文香は、これからも何が起こるか分からない、何が起きても不思議じゃない、と思っている。 「社長。瓜生さんをお連れしました」  美由記の声掛けに、社長室の椅子に座っていたフフトルのルイ様こと高木麻理子は、文香を見てニッコリと笑った。  この会社は美人じゃないと出世出来ないらしい、と社員間で噂が流れるほど、フフトルの管理職は美女揃いだが、麻理子はその中でも断トツの美しさだった。  その際立った美貌も、豊満且つ引き締まった肉体も、爪先から毛先まで手入れが行き届いた磨かれた容姿も、全てが圧倒的だった。  とても彼女が昭和の生まれだと信じられず、文香はその艶やかな笑みに茫と見とれた。  麻理子はゆっくり立ち上がり、机の前に立つ文香の隣に立った。  女性にしては背が高めの彼女は、高いヒールを履いていることで、ロウヒールの文香よりさらに15センチ近く高かった。 「ご苦労さま。瓜生さん、遅くなったけど、ご結婚おめでとう。はいこれ、私からの結婚祝い」  いきなり綺麗にラッピングされた長方形の包みを差し出され、文香は「えっ、あっ、ありがとうございます……」と無意識にそれを受け取った。 「開けてみてくれる?」  ローズピンクの唇が促し、文香は急いで包みを開けた。  そこには、色違いのスマホケースが入っていた。  茶と赤色の牛革製のケースは手帳型で、開くと内側にそれぞれ、夫婦二人のイニシャルが刺繍されていた。 「わ……素敵ですね」  文香が素直な感想を洩らすと、麻理子はにっこりと笑って、「でしょう? 全部職人の手作りなの。なかなか高級感あると思わない?」と言った。 「それね、うちの新製品なの」 「えっ……」
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