第一章【隣は何をする人ぞ】

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 こちらの部屋も必要最低限の物しかなく、白い家具を基調にしたインテリアは、清潔感があってシンプルだった。  タイマー予約しておいたコーヒーを、大きなマグカップに注ぐ。当然このミル付コーヒーメーカーも、通販で買ったものだ。  トーストを一枚焼いて、バターをたっぷり塗って、食べる。  ファッションに興味の薄い文香だったが、食にはそれなりにこだわりがあった。  コーヒー豆は、専門店から焙煎仕立てのものを購入し、バターは有名ホテルの発酵バターで、食パンは近所で評判の店の昨日焼き上げたものだった。  食べることが好きだから、一人暮らしだと適当になりがちな食事も毎晩きちんと自炊し、弁当も夜の内に作って毎日会社に持参している。  親が忙しく、早くから姉と台所に立っていたせいもあってか、一通りの料理は作れるし、味つけの良さも評判だ。  料理上手で家事の手際も良く、綺麗好きで金銭感覚も堅実とあれば、正しく結婚向きと言えるだろうが、文香自身に結婚願望は皆無だった。  出来ればこのまま定年まで今の会社で働いて、その後は田舎に家を買って、自給自足しながら猫を家族に暮らしたい、と思っている。  彼氏と呼べる存在はいるにはいたが、お互いの都合が合う時に会って、食べたら寝る、というセックスありきのドライな関係だ。  だから文香が生理中は、デートもしない。一番の目的が達せられないのだから、会っても仕方がない、と彼女自身思っている。  そんな彼女のドライな性格は、真面目な恋愛を求める男性には、当然ながら敬遠された。  だが、セックスありきの恋愛を求めるのは男も同じじゃないか、と文香は考える。  それを愛だの恋だの、耳触りの良い言葉でラッピングして、「自分達がしているのは恋愛で、セックスじゃない」と誤魔化している。そう思っている。  夫婦は別だ。彼らには、運命共同体という別の目的がある。  ただ文香はセックスが好きで、結婚後にレスになるくらいなら、一生独身でいいと思っている。  淫乱と言われようが、男に貫かれるあの瞬間だけ、自分が自分でいられる気がする。  元来、趣味の少ない生活で、たまにパンやケーキを手作りするが、それで気分が晴れることはない。
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