第九章【落花流水】

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 麻理子は口角を上げたまま、「売りはね、そこのカードフォルダーの中に、クレジットカードやICチップ入りカードを入れておいても、磁気不良を起こさないってところなの。おまけに不正なスキミングも防止出来て、一石二鳥の商品なの。凄いでしょ」といきなり商品についての説明を始めた。 「磁気不良防止グッズは色々あるけど、スマホケースにそれをつけたのはなかなか画期的なアイデアなのよ。分かる?」 「確かに……」  そこで文香は、ケースのストラップ部分に磁石が使われていないことに気付いた。 「これって、開閉をマグネットタイプでなくベルト式にしてるんですね」 「そーなのぉ。さらにケースの内部に磁気をシャットダウンするシートを内蔵させて、カードを入れる部分とスマホの間に仕切りを作ることで、スマホ自体が出す電流からも守られるって仕組みなの」 「なるほど……」  社員の顔になって、文香は商品をマジマジと見つめた。 「でね。まだ商品として販売する前の、テスト段階なのよね、それ」 「えっ……」 「それで瓜生さんに、モニターになって貰いたいのよ。今日からでも早速それを使って、実際に不都合がないか試して欲しいの。期間は二ヶ月。問題なければ、春の新商品として売り出す予定だから」 「ええと……つまりこれを、私と主人とで使ってみてくれと、そういうことでしょうか」 「そーーー。もちろん、リスクあるテストだから、モニター期間はちゃんと特別手当も出すし、たとえばPASPY(ぱすぴー)が使えなくなって再発行しなくちゃいけなーい、なんて事態になったら、ちゃんと再発行手数料も出すわよ? あっ、電車やバスの定期は、一ヶ所しか入れるところないから、そこは注意してね」  広島の市電専用カードを例に挙げて、麻理子は軽い口調で捲し立てた。 「定期はここに入れるの。カード入れの一番手前のところね。何でかって言うと、このケースはポケット一つ一つが、磁気を遮断するような作りになってるからなの」 「あ、はい……」 「それでスキャナーに翳す時はね、こうケースを開いて、真ん中の仕切りを携帯側に倒して、使うわけ」  まるで販売店の売り子のような熱心さで、女社長は文香に新商品について詳しく説明した。 「で、どう? 使ってみてもいいなって思った?」 「え、あ、はい……」  戸惑いつつ、文香は素直に頷いた。 
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