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決して難しい曲ではない。小学生でもピアノを習ってさえいれば弾ける、そんな曲――
私には共感覚はない。
けれど、その音に景色を見た。
心を感じた。
柚留木くんの目には一体どんな世界が見えているのだろうか。
言えるのは、それは絶望なんかじゃない。
――愛だ。
「柚留木くん……」
回した両腕に暖かな雫が落ちる。
私の目にも涙がとめどなく溢れた。
拭く術がなく、黒い燕尾服の背中を色濃く濡らしていく。
心の中に染み込んでいくような音に、私は言葉を失った。
「……ごめん、やっぱりセンパイのお母さんには会えそうもない」
「うん……」
「その代わり、僕の母さんに一緒に会いに行ってくれないかな」
「え……?」
「センパイと一緒なら怖くないから」
「……わかった」
柚留木くんは私の腕から手を離すと、柵を掴み身体を反転させた。
至近距離で目が合う。
「5秒から7秒、だっけ?」
私がキョトンとしていると、今度は柚留木くんに抱き締められた。
「さっき……ここに来てくれた時、センパイから目が離せなかった。来て欲しくなかったはずなのに、来てくれて嬉しかった」
耳元で囁かれる言葉に鼓動が高鳴る。
「……僕も……恋したみたいだ」
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