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梅雨真っ只中でさっぱりしたものが食べたいと、冷やし中華をメインに二、三品作ることにした。
彼の作る料理はシンプルだが味付けはちょうどよく、まさに「家庭の料理」というお手本にふさわしいものばかりで、つい食べすぎてしまう。
それはしっかり把握されていたらしく、二人分にしては買い込む食材が多かった。彼が大変だとこぼしていた理由を改めて理解して、嬉しくも申し訳なく思う。
「包丁使い慣れてたな。もしかして料理得意?」
酢をベースにしたタレは初めてだったが、さっぱりしていてとてもおいしい。
「大学ん時から一人暮らしなんで、慣れてるってだけです。朔さんには敵わないです」
「あれだけ使えれば全然大丈夫だよ。俺は料理好きな方ってだけだから」
料理が好き。また、彼のことをひとつ知れた。
「……なら、これからもずっと朔さんに作ってもらおうかな」
本当に自然に、唇からこぼれ落ちていた。
出会って間もない男に対して言う言葉じゃない。きっと変に思われる。うまく受け流すなりしないと、空気が変わってしまう。
「馬鹿だな、そういうのは彼女にでも言ってやれ」
向かいの朔は冗談だと受け取ったようだった。当然の対応にほっとした……ではなく、残念に感じている事実にまた、動揺する。
――おかしい。これじゃまるで、俺が朔さんを……
「彼女、いないっすよ」
「へえ。守田くん優しくて頼りがいあるし、モテそうなのに」
「見た目が近寄り難いってよく言われるから、そのせいかなと。そう言われてもどうにもできないんで、もういいかなって」
もともとそこまでの欲はなかったが、今は顕著だ。
それは朔がいるから? 朔の存在に、満たされているから?
「朔さんこそ、彼女いそうだけど」
「……俺は、いないよ。ずっとね」
合っているけれど合っていない。そんな続きが、聞こえた気がした。
「大体、いたらここで世話になってないだろー?」
不自然にテンションを上げたとわかる、微妙にうわずった声だった。気づかないふりをして相槌だけをうつ。
「男のために飯作ったり洗濯したりしないで、彼女のもとに行ってますね」
敢えてふざけてみせると、朔は弱々しく笑い返した。
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