正子

2/8
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ
「正子ば探しに行ってこんばいかん」そさくさと父はそれだけ言い残して出ていった。ユキとリノは時限爆弾が落ちていたため奉仕会社を休んでいたのであった。  父は五日間正子を探し回ったがついに見つからなかった。私は正子を止められなかったことを後悔していた。  正子は私を可愛がってくれた。短髪と赤いホッペをしていた。ビーチホテルの先の波止から海へ飛び込んで自慢げに見せてくれた。  私が泳げないことを知ると青年団を連れてきて小舟を沖に出させた。青年に向かって私を海にほうり投げるよう命じた。  青年は躊躇しながらも正子の勢いに押されて私を海にほうり投げた。私は塩水の辛さよりも必死で犬かきでもがいた。  何回かくりかえしているうちに泳げるようになっていた。そんなことを思い出しながら ビーチホテルの岸壁に私は佇んでいた。 「正子姉ちゃん帰ってきてー!」海に向かって声を荒げて叫び続けた。定期船の汽笛がむなしく「ポーッ」とかえって来るだけだった。  父は何日も黙りこんで考え続けているようだった。家族を集めた。田舎へお詫びに行って、疎開することも考えている、といった。  この町では楽しい思い出がたくさんあった。空襲警報のとき電灯に黒い布をかけて姉達と正子が勉強していた。父は私にチリ紙で作った紙縒りを渡した。     
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!