619人が本棚に入れています
本棚に追加
/216ページ
「……なんつー顔してんだ、お前は」
夜になって亮一が店に訪れると、また先日同様外でたばこを吸っていた千春は、盛大に顔をゆがめた。
「……あってそうそうひでぇ言いぐさだな。千春。いつも通りいい男だろうが。……あと、さぼってんじゃねぇ」
「鏡を見てから言え、鏡を。あとヤニ休憩くらい自由にさせろや。ちゃんとタイミング見てんだから。……ったく、お前今日休みじゃなかったのかよ」
持参の携帯灰皿に(こういうところが、この男のまじめなところだ)吸殻を押し付けてから、千春は亮一の肩を引いた。
「んな顔で店に出たら、ホストの志気に関わるだろうが……お前、ちょっとこっち来い」
そんなひどい顔をしているのだろうか?……自分としては先日同様、完全に取り繕えているつもりだというのに。
千春はそのまま亮一を人気がない店の裏まで、連れて行った。
「……うおっ」
人の気配に気づいた黒猫が、慌てて目の前に横切っていって、足元を掠められた千春が声を上げた。
「あの猫また来てたのかよ! ったく、いつもいつも店の周辺に糞たれやがって」
「……アキ」
「あん?」
「……いや、何でもねぇ」
(彰広に似てたな。今の猫)
黒猫が前を横切るのは不幸の前兆だというけれど、今、千春と亮一は二人して呪われたというのだろうか。
呪うなら、見かけに似合わずお人好しで世話焼きな千春じゃなくて、自分だけにしておけと、胸の内でつぶやく。
お前の仲間をいじめているのは、俺なのだからと。
最初のコメントを投稿しよう!