出会い

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出会い

 ホームには僕以外には誰もいなそうだ。さっきの電車で降りた他の人たちは、もう階段を昇って行ってしまったようだし、駅員さんも階段や柱のせいで、ここからは姿を確認できない。じっと見つめていると、女の人の右肩に掛かっていたオレンジ色の大きなバッグが少しずつずり落ちて行き、どさっと地面へ落ちてしまった。心無しか、息苦しそうに肩を上下させているようにも見える。僕はすがるように電光掲示板を確認したが、次の電車もしばらく来そうにない。  どうにかしなくてはと思い、僕はベンチからおそるおそる立ち上がった。だけど、普段から人と言葉を交わすことが多くない僕は、何と話しかけたら良いのか、イメージすら全くわいてこなかった。ひや汗をかいて、ぎこちない姿勢で固まっているうちに、女の人は地べたに座り込み、ついには仰向けに倒れてしまった。これはいくらなんでも緊急事態だと思った僕は、思い切って駆け寄って行き、顔をのぞき込んだ。 「大丈夫ですか……?」  蚊の鳴くような声で尋ねた。いったい何を恐れているのか、足はがくがく震えてくるし、心臓は激しく脈打って、声を出すのもやっとだったんだ。それで女の人は、 「すみません……おかしいですよね、大丈夫です……」  と、押し殺したような微笑みを僕に向けた。もっとも、右手の甲を額に当てるようにのせているので、目の辺りはよく見えず、ただ口元だけが白い歯を見せて笑みを示していたのだけれど。どうやら年齢は二十代ぐらいで、顔が小さくて、肌がとても白い……いや、青白いと言った方が正確かもしれない。そして、尋常じゃない程の量の汗をかいていた。 「えっと、大丈夫じゃ……ないですよね?」  さっきよりは少しだけ声を大きくして尋ねることができたが、お姉さんは返答する気力も無いのか、二人の間に数秒の沈黙がおとずれ、ただ苦しそうなハアハアという息継ぎ音だけがその場に響いた。お姉さんは額に当てているのとは反対の手で、お腹の辺りを弱々しくなでている。 「駅員さん……呼んできますから!」  自分自身に言い聞かせるように宣言して、返事も聞かないまま、僕は目の前の階段を一段とばしで駆け昇った。そのまま改札まで走り、改札で事情を話して、無線で呼ばれた他の駅員さんを連れてホームへと戻った。
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