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絵莉子はその日、初めて「美しい人」を見た。
305号室。ユニットバス、二段ベッドのついた2人部屋。絵莉子はスーツケースを引き、寮の廊下を歩きながら、これから暮らすことになる部屋について思いを巡らせていた。
親元から離れて生活するのはこれが初めてである。そして、今日から見ず知らずの人と同じ部屋で生活を送っていくのである。不安もあったが、期待も大きかった。
(同室の人、どんな子なんだろうなぁ。優しい子だったらいいなぁ)
考えながら歩いているうちに、305号室のドアの前に辿り着いた。
ドアに付いているネームプレートを見る。まず始めに目につくのは自分の名前、「笹原 絵莉子」。そしてその下にある絵莉子の同居人の名前は「大鳥 薫」とあった。
(なんかカッコいい感じの名前…この人、もうここに着いてるのかな、それともわたしの方が先かな)
絵莉子は恐る恐るドアを開けた。そして部屋の中に踏み入る。
部屋の中にはすでに同居人と思しき人影が見えた。人影は立ったまま部屋を見回している。
「あのぉ…初めまして、こんにちは…」
おずおずと声を掛けると、人影は振り返る。その瞬間、絵莉子はその人物に思わず目を奪われた。
髪はうなじのあたりで短く切り揃えている。目は切れ長で鼻は高く、端正な顔立ちをしている。すらりとした長身で、トレーナーにジーンズというシンプルな出で立ちだが、それを着て立っているだけでも均整のとれた体格であるということがわかる。
絵莉子がその人物に抱いた印象は「きれい」でも「かっこいい」でもなく、「美しい」であった。男性的なもの、女性的なものを越えた何かが、その人にはある気がした。
その人ーー薫は黙ったままぺこりと会釈をした。
「あっ、笹原絵莉子です! これからよろしくお願いします!」
「大鳥薫です。…よろしく」
「よっ、よろしくね! あのっ、薫ちゃんって呼んでいいかな!」
「なんでもいいよ」
(どうしよう、なんか変に緊張しちゃうよ、なんていうか…こんな「美しい」って感じの人に会ったことない)
緊張のせいでどもりながら捲し立てるように話す絵莉子をよそに、薫は終始無表情であった。
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