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「俊一、今夜は空いてるか?」
「学校が終わったら英会話。その後は塾」
まだ十歳とは思えない虚ろな目で答える。
「そうか。明日は?」
「バイオリンと水泳。その後なら空いてるよ」
「そうか……」
俊一は、何か言いたそうな父親をしり目に立ち上がった。
「じゃあ、遅刻するから学校行くね」
普段は息子のことなど関心がなさそうなのに珍しい。
父親は金さえ出せばいいと思っている。
母親は塾やお稽古事さえ行かせればいいと思っている。
学校へ行けば、今度は地獄が待っていた。
俊一はクラスを牛耳っている偉い代議士の孫の反感を買って、陰湿ないじめを受けていたのだ。
「いってきま……」
ぐらりと目まいがした。
――あれ?
体が熱い。頭がくらくらする。
俊一は頭を押さえながら、戸口で膝をついた。
九月中旬とはいえ、残暑の厳しい朝だ。
「俊一?」
父親の声が遠くに聞こえる。
「あ……」
目の前が真っ暗になり、瞼の裏にちかちかと飛び交う星が見えた。
「おい! どうした!?」
全身の力が抜け、ぐったりとタイルの上に体を横たえる。
きーんと耳鳴りがする。
――僕、死ぬのかな?
体はおかしいのに頭はやけに冷静で、あの時はそうなってもいいやと思ったのを今でも覚えている。
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