天井裏の俺

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 俺は今日も、天井裏にいる。  暗く、狭い空間にーー息をひそめて。  俺には仕事もないし、帰る家もないんだ。  今、俺がいるこの家は他人様の家だ。  不法侵入? 犯罪行為? それがどうしたっていうんだい?  愉しみといえばこうやって、天井裏の隙間から・・・他人様の生活をのぞくことくらい。  ああ、あちこちの家の天井裏に潜んでさ。思い出せないくらい、たくさんの他人様の生活をのぞき見してきたものさ。  俺が手に入れられなかった、平凡で、普通の生活ってやつを。  何でそんなことをするかって? どんな生まれで、どんな育てられかたをされたかって?  どうでもいいことだ。そんなこと。  ああ、そうとも。そんなことは、どうでもいい。  どのくらい、この家の天井裏にいるのだろう。  ・・・忘れたね。  ああ、この家はイイよ。  俺が長年のぞいてきた、他人様の家のなかではサイコ―だ。  ああ、うん。  もう、そろそろ、一家団欒の時間だな。  天井板のすぐ下は、居間なんだ。  暖かい明かり。  仕事から帰ってきた父親。  それを迎える、小学生らしい二人の子供。  そして、若くて優しそうな母親。  ああ。これだよ。  これなのさ。  こんな団欒の光景こそ、俺が欲して得られなかったモノなんだ。  貴い。うらやましい。  妬ましい。  そして憎い。憎たらしい。憎悪が滴になって、したたり落ちるほど。  わからないだろうな。この感情。  わかるはずもないだろうし、わかってくれと望みもしないけどさ。  ああ。それなのに俺は、今日もこうやってのぞくのを、やめられない。  なぜかって?  あっ。  始まるぞ。  そそらそら。  始まるぞ。  今日も、だ。  俺は、目玉がこぼれ落ちるほどーー眼を見開くのさ。見逃すものかとね。  ニコニコしながら父親が、どこかから金属バットをとりだしてくる。  遊んでくれるのかと、子供達は最初、きゃあきゃあ騒いでいる。母親もあいかわらず、笑っている。  そのーー笑顔が凍りつく。
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