セントレントの陰姫

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セントレントの陰姫

 滴り落ちる赤黒い液体の雫が恐怖を与える。ぴちゃり、ぴちゃり、と一滴ずつ落ちながら、その音は命あるものを探して荒野を彷徨っているかのよう。足音と一緒に雫が落ちる音が静寂な空間に静かにこだまする。  空には闇の帳が下りている。しかし漆黒の闇と化した世界の天井に星は見えない。見えるのは淡く光る形状さえも定かではない月と呼ばれる夜光の母のみ。霧のような霞のようなものが空を覆い尽くしている。そのおかげで本来は大きく煌々と光っているはずの月は淡く弱々しく感じられる。 「・・・た、助けてくれ」  静寂の中、鬼気迫る一言が空気を震わす。しかし、その声はしんと静まり返った周囲の空間へ飲み込まれる。声の主は一人の男性。年齢は中年層、精も根も尽き果てている追い詰められた表情は外見年齢をさらに十歳くらい老けさせている。  中年男性は地面に尻餅をつき、何かから逃げるように後退していく。衣服は血に濡れ、震える体は恐怖心を十二分に感じていることを証明している。立ち上がることすらできない精神的限界の彼は、間近に迫った者へとさらなる救済を求める言葉を向ける。 「お、俺は傭兵だ。雇われただけだ。何も知らねぇよ」     
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