第八話  シンデレラの靴

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 「卵子が役に立てば、お前の罪は追及しない。だが人工授精に失敗すれば、容赦はしない」  「それで良いな」  篤志の裁定を受け、黒影の頭領は謹慎したが。三か月後、無事に人工授精に成功した卵子が、母体提供者に選ばれた影忍のくノ一の身体に定着した。  さっそく。  「兄貴、黒津のオンナの血を引く兄貴の子供が生まれるぞ。癌を克服して、産まれてくる赤ん坊を抱いてみないか」、篤志が悪魔の誘いを口にしたのである。  「黒津のオンナから、卵子を採取したと言うのか?」、生きる気力を失っていた恭一郎が、その一言で蘇った。  「何があっても、生きねばならぬな。跡取りが精四郎だけでは、心細い限りだからな」、クスッと笑った。以来、恭一郎は手術に供えて、体力の回復に励んでいる。目には、生きる闘志がみなぎっているのだ。  篤志の眼からも、安堵の涙がにじみ出た。  「黒影はよくやった。『始末屋』の暴挙にも目を瞑ろう」、篤志が許しを与えた。こうして『始末屋』のアラブ復帰が決定したのである。  それは・・恭一郎の子供が無事に定着して、暫くした頃の事だった。  東京の片隅にあるシティホテルの、人影も滅多に見えない屋上に。再び夕陽に長い影を引きずる男の影が現れた。  「娘よ。お前の望み通り、お前の血を引くご当主の御子が誕生する」  「恭一郎さまによく似た、可愛い男子だろう」  空に向かって、そう囁く黒い影が立ち去った後には。夕陽が赤く燃える屋上の片隅に、白いバラの花束が置かれていた。花束の横には、片足だけのガラスの靴も置かれていたのだが。  その靴は。アラブから送られて来た、兄から妹へのお祝いだった。  添えられたメッセージカードには。  【ガラスの靴を手に入れた君へ】、ソンナ文字書きが躍る。片足だけのガラスの靴は夕陽を受け、純白のバラの花束のなかでキラキラと輝いていた。  兄はただ、あんなにも妹が恋焦がれた男の子供をこの世に残せた奇跡を。彼女の霊に、知らせたかっただけのかも知れない。  それも一つの恋の形か。  ☆彡・あの事件そのものが『シンデレラのガラスの靴』だったのかも・☆彡 *PS*  さて、問題の夏子だが。  事件後の清次のお仕置きから、どういう訳か今回に限って、辛くも無罪放免になったらしい。  あの後、三日間ほど。  不気味なほど優しい清次に、熱く抱き締められて過ごしたのだとか・・(町田の日記より、内緒で抜粋した次第)              第八話・苦し紛れの完
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