第八話  シンデレラの靴

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 「どうして、この女の卵子なんだ。妹の卵子と、どこが違うって言うんだッ」、激しく言い募る。  そこで夏子の着物を脱がせようとしていた影達の手が、ついと止まった。  「お頭、次期さまのお言葉にも一理ありませぬか?」、一人の影が呟いた。  外科医と産婦人科医は、その言葉に怯えた表情を見せる。頭領は影の言葉に頷くと。意を決したように、「二人を始末せよ」と影に下知した。  悪夢のような一瞬だった。  影が皮紐を手に、スルッと二人の医師の真後ろに滑るように移動すると。革紐は蛇のように医師の首に巻きついた。ちょっと手首をひねるだけで、医師の顔が赤黒く膨れ上がる。  わずか五分で、すべては終わった。  「息子よ、娘から採取して冷凍保存して置いた卵子を、この女の身体から取り出した卵子だという事にする」  「それで復讐の矛を収めよ」と、言い聞かせた。  「黒津のオンナ、お前を無傷で返してやろう。この事は決して誰にも口外しては為らぬぞ」、覗き込んで囁いた。  筋弛緩剤の所為で、頷くこともできないまま、長椅子の上に半裸で放置された夏子だったが。二人の医師の死体と一緒に、影達が立ち去った後で。そんな別荘の様子を、手も足も出せずに指をくわえて見ていた清次と町田が救出したのだ。  身動き一つできない夏子を別荘から回収するのに梃子摺り、思いがけず手間どったが、やっとの思いで脱出。その直後、もぬけの殻と化した相馬の別荘に、鬼龍院翔太郎の別荘にいるソタイの刑事から通報を受けた捜査一課の鈴木刑事と戸田刑事が、おっとり刀で踏み込んだ次第である。  桃子先生と女生徒は無事に、ウサギ小屋から救出されたのだが。犯人に繋がる物的証拠など何一つ残されてはいなかった。そんな訳で、誘拐事件はそのままお宮入りが確定したのである。  だが・・思いがけない、ラブな御縁もあった。  ウサギ小屋を覗いたソタイの刑事が、素っ頓狂な声をあげた。  「お前、隣の桃子じゃないか」  「あれッ、お隣の欽也くん」  桃子が小学生の五年生になるまで、隣家に住んでいた幼馴染みこそ、ソタイの刑事の唐沢君だったのである。  桃子をお姫様抱っこして、自分のジープに運び込んだのが縁で。二人は只今、交際中。。。なのである♡  「桃ちゃん」  「欽也くん」、と呼び合う仲だとか!  ところで、相馬の本邸では。  「篤志さまのご命令通り、黒津のオンナから卵子を取ってまいりましたが。残念なことに、黒津のオンナを取り戻しに来た町田と激しい銃撃戦になり、採取を終えたばかりの医師は二人とも死亡しました」と、実しやかな報告をしたのである。黒影の頭領は、娘が生前に冷凍保存していた卵子を、黒津のオンナから抽出した卵子と偽って持ち返っていた。  「どうか、存分なご処分を」  黒影の頭領は平伏して、医師を死なせた責任を取り、重い処分を望んでいる。だが篤志は、処分を保留にした。
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