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辺りは暗闇でまったく何も見えない。
マンホールの中に落ちたはずだが、地面に激突した痛みも、水に落ちたような音も感覚もしなかった。
ありえないことだが、空中で静止しているようだった。
「なんなんだよこれ……?」
進一郎がつぶやくと同時に、ずっと下の方から風が吹いてきた。
それはあっという間に、進一郎の体を持ち上げると、落ちてきた方向へ押し出し始めた。
というより、上空に向けて思い切り一気に吹き飛ばした。
「一名様、ごあんな~い♪」
と、再び先程の女性の声が聴こえた。
声の神秘性は相変わらずだが、場所が場所ならなんだか別のサービスを期待してしまうような調子だった。
「だから何なんだよこれっ!!」
やや怒りを込めて叫んだところで、再び動きが静止した。
目を開けると、眼下には一面、美しく広大な大地が拡がっていた。
地上には強い風にあおられた色とりどりの旗や、白い天幕、遠くには集落らしきものや森の緑も見える。
そう、空中に吹き上げられた進一郎の二十メートルほど下に地面はあった。
「高っ……!!」
事態を飲み込む暇もなく今度こそ進一郎は落下した。
ぼふーん!!!!
進一郎が飛び出した穴の周囲にはぐるりと円形に、虹のような色合いの鮮やかな八色の布が張られていた。
風に膨らみつつも、かなり頑丈に作られているそれは、どうやらクッションの役目を果たしているらしい。
全身を強打し、薄れつつある意識の中、どこか遠くで、鈴の音を聞いた気がした。
とりあえず死ななかった自分に安心した進一郎は、そこでようやく気絶した。
「来たよ、来たよ! マレビトが!」
布の上を飛び跳ねるように、男性らしい声が近づいて来た。
「今回も予言どおりだわねぇ、あなた!」
男性の妻らしき声も近づいてくる。
進一郎をそっと見下ろした二人は、服を着た、大きな猫の姿をしていた。
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