第1話 自宅にて

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『やめて! 離してっ!!』 『いいから来い!!』 駅まではあと少しだった。 驚くほど静まり返っている夜の田舎町に切迫した男女の声が響く。 消えかけの街灯。音もなく降り注ぐ粉雪。木枯らしが煽る冬の虚しさ。 黒光りの高級車が照らすヘッドライトの前で、旅行バッグを持った女の腕をスーツ姿の男が無理やり引いていく。 必死に抵抗する女だが、開きっぱなしのドアの前まで連れられ、 『大きな声を出すなっ! ホラ早く乗れ!』 と後部座席に押し込まれてしまう。 落ちている旅行カバンも車内に投げ入れ、力ごなしにドアを閉じた。 辺りを気にするように見回しながらすぐ車に乗り込み、そのまま発車。 車のタイヤ痕が夜の闇へと伸びて消えていく。 数秒前まで言い争っていたその場は一瞬にして静寂に包まれた。 薄く積もった雪に残っているのは方向の定まらない足跡と、三日月のネックレス。 チカチカと不安定だった街灯は遂に力尽き、その光を失った。 『......』 数分後、若い長身の男がやってき、キラリと光るネックレスを拾う。 積もった雪でさっきの足跡は既に消えていた。 『......紗月』 そう呟いた男の首にも、三日月のネックレスが巻かれていた。 バタンッ!! そこで1巻が終了。私は漫画を閉じた。 「あああ、切ない」
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