エピローグ

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「どうでしたか、社長」  カウンターに移った鷹村に、急き込むように速水が尋ねる。今日に限っては、渉とは別の意味で速水も鷹村の帰りを待ち侘びていたのだろう。  すると鷹村は、当初の苦い顔を緩めもせずに呻いた。 「やはり難しいんだとさ……まぁ、会って話をして貰えただけでも僥倖と言うべきなんだろうが……」  悄然と項垂れる鷹村はひどく疲れているように見えた。が、たった今まで彼が赴いていた先を思えば、そして、そこで先方に何を言われたのかを想像すれば、その疲労感はおのずと察しがつく。  鷹村は今日、先日の披露宴での非礼と令嬢との婚約破棄について、御園グループの本社へ謝罪に赴いていた。そこで、おそらく融資の件についても話が出たのだろう。  今の鷹村の口振りから察するに、どうやら鷹村には決して芳しくないかたちで話が纏まってしまったらしい。  鷹村の会社は元々、御園グループから多額の融資を受けて立ち上げたものだ。返済が滞っていたなどという話は聞いていないから、あくまでも返済自体は順調に進んでいたのだろう。その鷹村がこれだけ苦い顔を浮かべているのは、おそらく何らかの無茶を言い渡されてしまったのだろう。例えば、融資の一括引き上げといった。  たしかに、愛娘にあれだけの恥をかかせた元婚約者への融資を継続したがる父親など、いるわけがないだろう。  ところが、それを聞いた速水は平然としている。 「へぇ、そりゃ残念すね」  まるで他人事だ。御園グループが一気に融資を引き上げれば、最悪、この店も畳まざるを得なくなる可能性もあというるのに。 「でも、まぁいいじやないすか。むしろ独立のいい機会になったんじゃないすかね?」 「独立の……」 「そうっすよ。これでもう女帝、おっと、御園の指図を受けずに済むわけで、社長としてもやりやすくなったんじゃないすかね。あいつが嫌っていた庶民的な店とか、もっと実験的でトガった店だとか、そういう店をばんばん作ってビジネスの幅を拡げましょうよ」  すると鷹村は、困ったような弱ったような顔をする。 「あのなぁ……他人事だと思って簡単に言ってくれるが、話はそう簡単には、」 「ていうか」  ふと、速水の顔から笑みが消える。代わりに斬りつけるような目をすると、眼差しに負けず劣らずの冷ややかな声で言った。 「こんなの最初から覚悟の上だったんでしょうよ。今更ガタガタ言わないでくださいよ」
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