電車

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 春のあくる日、一人の少年が電車に揺られていた。居心地が悪そうな表情は、まだ着慣れない制服によるものか、それとも隣にいる太めの男性からスーツ腰に生暖かい体温を感じているからか。  どちらにしても不愉快な状況であるのは確かだろう。少年にとって唯一の救いは、目の前にいる少女が好みのタイプであることぐらいだ。  たまたまドアの手摺付近にいた少女を、体で覆い隠すように囲ってしまったのは偶然で、疚しい気持ちなど一欠片もない。  それでも誤解などされないように、鞄を持たない手を吊革で掴むことは忘れなかった。ただの学生に過ぎない彼にも、昨今の社会が男性に厳しいことはわかっている。 「電車が急停止いたします。お近くの吊革や手摺にお掴まり下さい」  淡々と流れるアナウンス、それと共に乗客が一気に動いた。  慌てて少年は腕に力を入れ、倒れないように吊革を掴む。背中に伸し掛かる人の圧力に耐えながら、それでも少女を押しつぶさないように体を支えた。    やがて乗客が体勢を立て直し、舌打ちや小声で文句を言うのが聞こえた。 「ありがとう」  そんな中、微かに耳に届いた言葉が、目の前の少女から発せられたものだと気付くのにさして時間はかからなかった。  微笑む少女に、少年が僅かに頬を赤くする。少年は悟られないように少女をチラ見した。  ショートボブに纏めた髪を猫の髪留めで飾る少女。歳の頃はいくつだろうか。若干幼い顔立ちと落ち着いた雰囲気が混ざって、年上にも年下にも見える。  そこで、少女が手に持っているのが、有名な難関大学の参考書であることに気付いた。どうやら受験生らしい。  少年はあまりジロジロ見るのも悪いと今更ながらに思ったのか、少女から視線を外した。  壁に貼られたポスターをぼんやりと見つめながら、少女のことを考える。  少しどころか、かなり好みのタイプだ。落ち着いた物腰は清楚で、手に持った参考書と合わせて、文学少女のようだ。  出来ればお近付きになりたいが、既に会話の切っ掛けは無くなっていて、少女は参考書を読むばかりだ。  そもそも、そこまで人とのコミュニケーションが得意ではない少年が言葉を返したところで、あのまま会話が続いたとは限らないだろう。  少年は、自分の要領の悪さに気落ちしていたところで、電車が駅についた。
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