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「降ります」
小さいがはっきりとした少女の声が聞こえて、慌てて少年が道を空ける。急に動いたせいか、肘がドアに当たり少年が顔を顰めた。
それを見た少女が、髪留めを揺らしながらくすりと笑う。少年はバツが悪そうな苦笑いを浮かべながら、電車を降りてく少女を見送った。
次の日も何となしに同じ電車の同じ車両に乗った。あわよくば、また少女に会えるのではないかと思っていたのは嘘じゃないが、そんな偶然があるとは考えられなかった。しかし、少女はいた。
偶々少女の近くにいたサラリーマンが降りたので、さり気なく体を滑り込ませる。
少年の姿に少女が頬を緩めた。覚えていてくれたらしい。そんな些細なことが嬉しくて、少年も笑みを浮かべた。
今日も乗客は多く、自然と少女の体に近付いてしまう。さらさらとした髪の毛から、ふわりと爽やかな香りがして、少年が恥ずかしそうに顔を紅くさせる。
二人は特に会話を交わすこともなく、時間がただ緩やかに過ぎていった。やがて、少女の降りる駅が近付いて、少年は少しばかり残念そうな顔をする。
駅名を告げるアナウンスと共にドアが開き、少女を通すために少年が体を避ける。
「またね」
少女が通り過ぎる時、確かにそう聞こえた。慌ててホームを振り向くが、少女がこちらを振り返ることはなかった。
それから少年は毎日同じ車両に乗った。少女の近くにいられることもあれば、混んでいて難しい日もあった。
おはようの挨拶はなかったものの、少女は毎回またね、と微笑んでくれる。それで少年は満足していた。名前も知らない少女とのやり取りが、彼に小さな幸せを運んでくれる。これ以上何かを望むのは過ぎた願いだろう。
そして、春が過ぎて、夏を越えて、秋が来た。
その日は運良くあまり混んでいなかったので、いつもの場所に行くことが出来た。少女は珍しく参考書を読んでいない。どこか物憂げに窓から外を眺めていた。
少年は心配だったが、やはり声を掛けることは出来ず、時間だけが過ぎていく。やがて、いつもの駅が近付いてきた。
少女がゆっくりと顔を少年に向け微笑んだ。
「ばいばい」
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