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「ふざけるな。この状況でわたしに命令できると思っているのか」
「できるね。何故なら、君はメイドだからさ」
少女は警戒を込めた訝しげな顔をする。それを見ながらヨーセフは続けた。
「君の仕事はキャピオーエレの秘密を探ることであって、僕を殺すことじゃない。そうだろう?」
少女は目を見開いた。その通り、少女に与えられた仕事はヨーセフを殺すことではない。殺すつもりなら、今までの間にとっくにそうしていた。
「それにだ。ヴィア、君は僕が何の用心もせずに君の正体を暴いたと思うかい?」
少女は警戒をより深める。スパイという人種にとって、死よりも最も恐るべきは敵に捕まることだ。
少女はヨーセフを見つめた。
その目が語っている――お前を決して逃さない、と。
「取引をしよう。ヴィルヘルミーア。いや、赤い闇のスパイさん?」
笑みを浮かべながら、ヨーセフは言った。
その声が、まるで反射するように少女の頭の中に響く。
たった一日前まで想い合う恋人だった筈の二人は今、どこにもいなかった。
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