第1章

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                          ぼくには0歳の時の記憶がある。  薄く開いた目の向こうに、青とか、黄色とか、橙とか、桃色の淡い透明な光の輪のようなものがプカリプカリと浮かんでいる。 ぼくは音を出す。泣き声を上げる。 何かを伝えようとする。 それを慕うように、輪がてんでバラバラに動きながら、ゆっくりとぼくに近づいて来る。 言葉を持たないぼくは、輪の発する振動音のようなものを聞いて彼らの伝えたいことを感じ取った。 彼らは静かに言っていた。  「いい音だ。いい声だ。おめでとう。おめでとう。よくやった。生まれて来てくれてありがとう」  ぼくは祝福されてここに来たのだ。 祝福。いい言葉だ。愛でられている感じがする。 でも祝福って、本人が感じる幸せとはちがうのかもしれない。 ぼくは色んなものが聞こえ、見えるように、ここに生まれて来てしまった。 人と同じでよかったのに、人と同じになりたかったのに、そうではない目と耳を持って生まれてしまった。  幼い頃からぼくは、自分の周りにいる手に取れないもの、人ではないものが見える子どもだった。 部屋の中にいる人間はぼく一人でも、天井には黒く煙った煤の塊のようなものが警戒深い野生動物みたいな俊敏さでしょっちゅう走っていたし、部屋の角にはキラキラした光の渦みたいのがひっそりといて、時々何かの照準が合うようにそれが人の形を取って動いている様が見えたりした。 場合によってはそれらと会話が成立することだってある。 道を歩いていて、ふいに鳥が放つ超音波のような鳴き声が言葉として感じ取れる時もあるし、電話が来ることは音が鳴る前にわかったし、人の体の周りが濃い黒で覆われているのが見えて、その人が病気であることや死期が近づいていることがわかったりもする。   その一方で、人にはいつもどこからともなく光が降り注がれているのも、ぼくには見える。本人はまったく気づいていないけれども、人間はたいそうめでたい光をいつももらっている。 これは妄想?それとも夢? ああ、それでも構わないよ。 ぼくの見えるものにどんな名前をつけたって同じだ。それを指すこの世のくくりが何であろうと、ぼくにはあまり関係がない。見えるものは見える。聞こえるものは聞こえる。だからしょうがない。  
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