第1章

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 そこは闇で、何も見えなくて、最初はもがいて、でも、だんだんなんだかあきらめて、静かで真っ暗なその闇の中に落ちて行こうとした刹那、急に視界が開けて、目の前の水の中にとっぷりと浸かりながら回っている、暗い青の地球が見えた。    それは沼と同じくらいの大きさで、ゴゴゴゴと地響きのような音を出してゆっくりと回っていた。  形は確かに地球儀のようだったけれど、リアルな凹凸があって、色があって、光があって、緑があって、地があって、何より、混沌とした闇の水の中で少しも捨てていない生命力とパワーで圧倒するように回っていた。なぜだかわからないけれど、少し悲しそうに。  ゴゴゴゴという音が、どうしてかぼくには悲鳴に聴こえて、まるで回るために血を流しているような気がして手を当てたくなったけど、目の前にあるのに遠くて。思ったより距離があって。  ぼくの体よりあまりに大きいその物体を、ぼくは宇宙飛行士のようにポワンと浮きながら見ていた。  強さと寂しさが一緒にいる。  きっと、回るのはたいへんなことなんだ。  そう感じているのに、ぼくの目の前で繰り広げられている光景は、とても美しかった。  体は軽くて、息もできて、不思議とそんなに苦しくもなかった。  そこから急に意識は薄れて、あとの記憶はない。  ぼくの中に残ったのはただ、ああ、あの水底の輪はこれのせいだったんだという思いだけ。  ぼくはその後、近くにいた大人に引き上げられ、親にものすごく怒られて泣いたらしい。でも、あんまり覚えていない。覚えているのは、家に帰ってからも、学校でも、水の中で 見たことを話しまくったこと。  一生懸命話した。正直に話した。だってこんなスクープ、滅多に起こるもんじゃない。  案の定、ぼくの話は夢だと笑われ、嘘だとののしられるというお決まりのセオリーを歩んだ。  凝りもせずまた沼に行っては、水底から浮かび上がって来る輪を指さして、となりにいる友だちや親に「あれは水の中の地球のせいなんだぜ」と何回か言ってみたけど、その時の相手の目や表情を感じる度に、ぼくは怖くなり、悲しくなり、だんだん自分がまちがったことを言っているような気になって、次第に口をつぐむようになった。  ひとりの共感者もいないまま、ぼくの話は葬られた。
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