試し読み(冒頭)

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「何の真似だ」  澪は徹の胸倉を掴んで蔵の壁に押し付ける。今にも殴りかかりそうな勢いだった。かろうじて声のトーンは落としていたが、激しい感情は抑えきれていなかった。  徹は焦った様子もなく、涼しい顔のまま口を開いた。 「何のことでしょう。お義姉さん」 「ふざけるな、わたしがお前を間違えるはずが無い。詐欺師狭山」  徹はひとつため息をつくと不敵に笑った。 「お久しぶりですね、相原(あいはら)刑事。いつもと違う雰囲気なので驚きました。しかし相変わらずお美しい」 「元、だ。もう刑事ではない」  徹の言葉を遮るように告げる。 「では、相原元刑事でお義姉さん。こんなところを凪に見られたらまずいのではないですか」  ふたりがいる場所は端とはいえ敷地内だった。誰に見られるかはわからない。  澪はしぶしぶと言った様子で手を離すと、一歩引いて距離を取った。 「この家に何の用だ。凪に近付いた目的は」 「ただ出会って将来の約束をした、それだけのことですよ」  両手を広げて淡々と言ってのける徹は、心外だとも言いたげな感じだ。  その様子に澪は舌打ちした。 「すぐに化けの皮を剥いでやる」  思いきり指を差して言い捨てると、振り切るように大股で家の中へと戻っていく。  嘘を言わない詐欺師。そう呼ばれるこの男は、澪が現役だった頃に何度も捜査線上に浮かんでいた男だった。しかし逮捕されることは一度も無く、現在に至っている。  そんな慎重で用意周到な男が何もなく元刑事の妹の婚約者になるはずがない。必ず何らかの目的があって凪に近付いているはずだ。  澪は爪が食い込むほど、強く拳を握りしめた。
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