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2.万年筆と天邪鬼
桜も散り、枝には新緑の葉が茂り始める五月。春の陽気と呼ぶには、些か暖かすぎる日に人々は着るべき衣服に迷う季節がやってきた。
文芸部の部室は日当たりがいい。南東の向きに窓があるため、昼間の日光をこれでもかと室内に溜め込む。そしてそれを熱に変換して、放課後の芙美達を迎えてくれるのだ。
だから芙美と田淵千遥の活動は、窓を開けて部室の換気をするところから始まる。
「ああー涼しいー」
「ちょっと! 芙美! 一人で涼んでないで他の窓も開けて!」
「わかったってー」
千遥に叱られ、芙美は他の窓も開けていく。が、千遥が直哉の席の後ろの窓を開けようとしているのが目に入り、彼女の元へ慌てて駆け寄る。
「あーーー! ちょっと待った! そこは開けなくていいから!」
「え? どうして? 直哉先生、暑いじゃない」
「いいの! あいつは汗だくになってここで仕事してればいいの!」
「何それ? 芙美って直哉先生のこと嫌いなの?」
「大嫌いだね!」
いー、と歯を剥き出しにして顔を顰める芙美を見て、千遥はふふ、と柔らかに笑う。芙美は時折、その笑顔を羨ましく思う。こんなふうに笑えたら、いろいろと得だろうな、と。
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