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「あ、カナちゃーん。久しぶりぃ!」  男は、先ほどマヒルに話しかけてきたソープ嬢に向かって叫んだ。 「えーぼく嬉しい! わかってるひとがいるのいないのとでは違うからさあ」 「……そうですよね」  女は確かに、男から少し距離を取っているように見えた。その気配が明らかに感じ取れたので、早く始めてしまおうとマヒルは店から支給されているノーブランドの茶色い革鞄をまさぐった。そこには性の四次元ポケットといわんばかりのさまざまなアイテムが入っているーーまず、後から名前を書くタイプの名刺、ボールペン……そして、アナル攻めに使うビニール状の簡易指サック、さらに、いざというときのコンドーム。人差し指の先ほどしかない小さな電子マッサージ機、百円均一にある、油などの調味料を入れる五百ミリボトルの中に並々次がれたローション、そしてタイマー。 「それではお時間セットさせていただきます。お着替えがあるので二十分の五分前、十五分でスタート押しますね」  しかしベッドの枕元にタイマーを置こうと手を伸ばしたマヒルは、男に腕をつかまれた。 「ぼくは終わった後シャワーを浴びるから、いつも先に女の子に帰ってもらうようにしてる。一緒に着替えてここを出るわけじゃないから、着替え分の五分、引かなくていい。二十分で設定して」  男の声は先ほどと打って変わって低い。  冷たい鈍器に殴られたようになってしばらくマヒルの脳味噌の回転が止まった。綿をぎちぎちに敷き詰められた肺は当然のごとく詰まっている。だから熱が含まれた息で、短い間隔で、呼吸をするほかなかったのだ。  マヒルは、内線電話が置かれ、照明の調節ボタンなどが埋め込まれた大理石の上に自分でさえも名を知っている高級時計が煌めいているのを見た。危険を感じた。
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