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予見
友達は川沿いのアパートに住んでいた。
値段だけで決めたぼろアパートで、夏場はいつも、室内は暑すぎると、少しでも川風で涼めそう窓辺に友達は出ていた。
あの日も、近くを通りかかったら、友達が窓辺に顔を出していた。
側の反対側から声をかけると、いつも通りの『部屋に来いよ』という声がかけられる。
あいつの家は狭いけれど溜まり場で、みんな気軽に足を向けていた。
でもその時、俺は誘いに応じることができなかった。
川沿いだけあって、いつもなら、友達の姿はぼんやりとなりに川面に映り込んでいる。それが、今日は存在しなかったのだ。
友達の姿は窓辺にある。けれど川面には映らない。
些細なことだけれど気づいてしまった。だから俺は、用事があると言い訳をし、すぐにその場を立ち去った。
…アパートで起きた火災と、友達がその犠牲者になったという話を聞いたのは数日後だった。
俺が友達と川越しに会話をしたその夜、あのアパートの一部屋から火が出て、住民のほとんどは逃げる間もなく火事で亡くなったという。
あの時川面に映ることのなかった友達の姿は、その後の火事を暗示していたのだろうか。
今は焼け跡がまだろくに片づけられないまま放置されている、あのアパートの跡地を川越しに見ると、たまに、川面に揺らめく炎が見える。
それを目にするたび、俺は、どうしてあの日友達の家に行き、あいつを外へ連れ出してやれなかったのだろうという後悔と、怖気づいて友達の家に足を向けなかった判断への自画自賛で、何とも複座な気持に見舞われるのだ。
早く、あの焼け跡が綺麗に片づけられるといい…。
予見…完
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