淡い魔法

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 世界が注目する舞台に、冴木が出演することが決まった。慣れない外国での公演。冴木貴昭の名がそこまで影響を広げているというのはマネージャーとしてとても嬉しいことだと歓喜していた。実力もある彼のことなのでスマートに決めてくれるだろうと思っていた。  公演初日、本番前。 「がんばってください。…最も、私の言葉なんぞ、不要だと思いますが。」  俺が、言いたいだけなのだが、と思い、賀井は下を向く。 「なにを言ってるんだい?僕には君のその一言で数百倍、いや、未知数でがんばれるんだよ。」  必要だよ、と言って、知らなかっただろう?と子どもがイタズラ成功したように笑う彼はとても眩しく、心臓の辺りに違和感を感じた。 「実は大分緊張していたんだ。もうおじさんだしちゃんとできるかとか。なにより注目されている作品だ。」 「…ッ冴木さんが思ってるほど、自分は冴木さんのこと大切ですし、支えたいと思ってます。自分では力不足かと思いますが、私は貴方のマネージャーである以前に、貴方の第一のファンでありますから。」  それは少年だったあの時から抱いていた気持ちと変わらないところからきた言葉であったはずだった。しかし、憧れというには少し引っかかるような。一ファン、というには、線を越えすぎているような。  少しきょとんとした顔をした後に花が咲いたように冴木の表情が綻んだ。それを見てぶわと賀井の熱が中から溢れ出る。どくどくと脈打つ血管。汗が額を流れ、口の中はからからに乾いている。 じゃあ、いってくるね  そう言う広すぎず小さすぎない背中に、無表情を崩さない様に、いってらっしゃいませと言葉を放ち、礼。 「―ッ」  無表情がくずれ、ゴン、と壁に頭をぶつけずるずるとしたに滑り落ちる。  Are you okay?と外国人のスタッフに声をかけられすぐさま、すっくとたちあがり真顔で問題ないことを英語で伝える。 「貴方は、ずるいお人だ、」 (何十年間ものこの想いを、簡単に気付かせるなんて)  本番中の廊下には誰もおらず、ただ、賀井が顔を覆う姿しかなかった。今日も彼は、スポットライトの元で光輝いている。 了。
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