教室の吊り橋

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 高校入学から高校二年の一学期現在に至るまで、教室での私々原誠(ししはら まこと)のポジションは、常に君崎香澄(きみさき かすみ)の隣だった。 ――  俺の学校にはクラス替えがないから、三年間同じメンバーと同じ教室で過ごすことは最初からわかっていた。  けど定期的にくじ引きで行われる『席替え』で、四回連続君崎香澄の隣を引き当てる俺自身は、理解できない。  君崎は学年で一位二位を争う美少女だし、成績もそこそこに良いので、隣にいて不愉快だというわけではないのだが、彼女には他の生徒との決定的な違いがある。 「数学のプリントまだ出てないよね。先生のところへ持って行くから、早く出してほしいんだけど」  例えばこんなふうに、クラスメイトから話しかけられたとする。普通なら 「ごめんね。いま渡すから、少し待っていてくれるかな」  などと『声』で返事をするのが、人間と人間が付き合っていく上での、決まり事のようなものだと思う。しかし君崎は違っていた。 「・・・・・・(小さく二回頷く)」  うつむきがちに目をそらし、声には出さず「自分には話しかけないでくれ」とばかりに、返事をする。俺が見る限り、クラスメイトにはそういう態度をとっていた。  まあ昨今、若者のコミュ力低下が問題視されているので、彼女もその若者の中のひとりだと思えば特別視するほどのことではない。  だけど君崎は、一部の女性教師を相手に、まるで別人のような対応をとるらしい。「おはよう」と言われれば「おはようございます」と返事をして、「さようなら、また明日」と言われれば「さようなら先生。また明日」と返事をするのだ。  そのため君崎はクラスメイトから、『二重人格者』と呼ばれていた。  だから、なんとなく自分の席の居心地が悪い。隣で君崎が、いつもひとりぼっちでぼんやりとどこか一点を見つめている。それを知っているのに、何も出来ないからだ。  いままでは、そう思っていた。
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