定時退社

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定時退社

金曜午後6時半。某メーカーの営業部内は、そのまま仕事を続ける者と帰り支度をする者に分かれる。その中の1人、嶋田は前者のようで、昼間の得意先周りで得たデータを、パソコンに打ち込む作業を続けていた。 「今日は残業か?」 そう声をかけたのは、機能性に優れた黒のバックパックを背負い、俺は絶対に定時退社する、と言わんばかりの後藤だった。後藤は嶋田の3年先輩で、嶋田が新入社員だった頃は彼の教育担当でもあった。 営業成績は常にトップ。身長も180cmを超え、立てば将軍、座れば王、歩く姿は最早神。と、社内の男性誰もが後藤に憧れていた。もちろん嶋田の中でも、「俺、男だけど抱かれたい男ナンバー1」の座を後藤は5年キープしている。本人は知る由もない。つまりそれ程に、後藤はとにかく格好良い人間なのだ。 「先輩!お疲れ様です!そうですね、少しだけこの仕事を片付けたら上がります」 「いや、今日はもう上がるぞ」 いやいやまだ仕事が、と言っているうちに、後藤の手によりものの数秒で帰り支度が完成する。自分の青いメッセンジャーバッグを抱えて部署を出る先輩の後ろ姿を追わなければ、ああ、でもパソコンそのままだし、ああ!もう!逸る気持ちがそのままキータッチの速度となる。タンッと最後に強く響かせた後、もう外にいるであろう後藤を目指して、彼は階段を駆け下りて行った。
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