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ふわふわ頭の常連客の男は水を飲みながらメニューを眺めていて、その奥の方では母子が板うどんと焼きサバ定食を食べ散らかしている。そして手前のカウンターでは、中年の男がスポーツ新聞に釘付けになっていた。
シローはお冷やのたっぷり入ったピッチャーを握り、カウンターに座る中年男へと近寄った。「お冷やのおかわりはいかがですか」と声をかけると、男は前歯の欠けた笑みとともにグラスを寄越す。シローは少し多めに水を注ぎ、グラスを男に返した。
するとそれを見計らったように、
「お水くださーい」
と、ふわふわ頭の若い常連客の男が、中身が氷だけになったグラスをカラカラ鳴らしてシローを呼んだ。
もう飲み終わったのか、と少し目を丸くしながらもシローはそれに応じる。近づくと、お願いしますとにこやかにグラスを手渡された。
シローは受け取ったグラスに視線を落とし、慣れた手つきで水を注ぐ。
すると彼の方から鼻から洩れたようなフッという音が聞こえた気がして、シローは視線を上げた。見ると彼は口元に手を当てわずかに笑っていた。そしてシローが自分を見ていることに気づくと「ああごめん」とまたクスクス笑う。
何に笑っているのだろうか。
シローが訝しむのとほぼ同時に、厨房から料理が上がったとコールがかかった。見ると配膳台の小窓のところに丼とミニサラダの小皿が並んでいる。
「おれの?」
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