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丹羽には不思議な勢いがあって、深谷はいつもの自分とは違う言葉使いやらノリに驚きつつも、……それを楽しんでいた。
誰かと、――丹羽と好きに言い合うことが気分をとても高揚させた。
だが、その楽しい時間は、第三者の気配によって終了する。
少し離れた位置からこちらを窺うクラスメイトの姿に気付いたのは深谷が先だった。
次いで丹羽が深谷の視線を追い、そこに所在なさげに佇む鮎川を見つけると、余計な気をまわしてくれた。
丹羽は能天気で勢い任せに見えるが、その場の状況をくみ取ることが上手い。
「あ! 俺、用事を思い出した! んじゃ、あとはお若い二人で仲良くやってくれたまえ」
ものすごくわざとらしい口調でそう言い、丹羽はニシシと白い歯を出して笑うと、あっという間に走り去った。
深谷にとっては余計なお節介だったが、鮎川にとってはそうでもなかったらしい。
ほっとしたような顔でチャンスとばかりに話しかけてきた。
「あの、深谷くん、さっきはごめんね。わたし、……泣いちゃって」
「いいよ。……俺も、悪かったし。ごめんな」
「い、いいよ! 深谷くん悪くないし!」
「……」
「あのね、それで、……わたしも海へ一緒に行っていいかな?」
「……話、聞いてたのか?」
「うん」
「無理だよ。俺ら自転車でいくし」
「でも…」
「女子は危ないから連れて行けないよ」
楽しかった気分が急速に萎んでいった。
丹羽との時間に水を差されたことにも腹が立ったが、教室でなにもあんな風に泣くことはないのに、という気持ちもあった。
……女は面倒くさい。
すぐ泣くし、話もまどろっこしい。
進んで付き合いたいとは思えなかった。
とくに鮎川のようなタイプとは。
できれば関わりたくないのが本音だったので、建前を盾に、海への同行はきっぱりとお断りした。
幸いその後しつこくされることはなかったから、深谷はそのまま鮎川との会話があったことを忘れてしまっていたのだ。
――先程、丹羽になにを言ったのか鮎川を問い詰めるまでは。
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