北枕

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北枕

 小さい頃よく祖母が『北枕で寝てはいけない』と言っていた。  祖母の言うことなので昔は鵜呑みにしていたが、成長するにつれてアレコレ情報が入るようになると、仏教的な意味合いで縁起が悪いというだけということが判り、わざわざ北枕では寝ないけれど、絶対にダメと思うことはなくなった。  そんな俺も大学入学を機に独り暮らしをすることになった。  親の援助も少しはあるが、基本的にはアルバイト頼みの生活なので、家賃を押さえるために、部屋は狭くても安い賃貸を選んだ。そこに家具を持ち込めばどうしても思うような配置はできず、寝る時は窓の向きなどを考えて北枕という形に収まった。  でもそれ以来、どうにも寝つきが悪くなった。  環境の変化のせいだろうと思っていたけれど、半月、一月と時間が過ぎても、寝つきの悪さだけが改善されない。  若いから今はまだちょっと不調程度ですんでいるが、この状態が続くようだとよくないので、医者に行って睡眠薬でも処方してもらおうかと本気で思い出した。  そんなある日、成り行きで友達を家に泊めることになった。  あらかじめ部屋はとてつもなく狭いと言っておいたが、気にしないと友達は言う。それでも一応客だからとベッドを進めたが、男の寝床なんか使いたくないと断られ、二人で雑魚寝は無理なので、俺は自分のベッド、友達は床に毛布で寝ることになった。  その夜。夜中に揺さぶられて目を覚ますと、真っ青な顔をした友達がいた。聞けば、寝ている俺の枕から何本もの手がにょきりと伸びて、ずっと枕を揺すり続けていたというのだ。しかもその時に。 「北向いた。北向いた…って声が延々してたんだよ。お前、この部屋ヤバいぞ?!」  怯えた様子で友達は部屋が事故物件ではないかと危ぶんでいたが、俺は今聞かされた『声』の話で、引っ越して以来寝つきの悪い理由がすぐに理解できた。  この後、友達には、今夜のことは誰にも言わないでくれと固く口止めをした。以降噂にならないことから、約束をしっかり守ってくれているらしい。  ちなみに部屋だが、引っ越しはしていない。ただ、無理を承知で強引に家具の配置を変え、今はネットで齧った知識を頼りに安眠のできる方向に枕を置いている。  おかけで寝つきはとてもよくなり、体調もすっかり前の用に戻ったから、俺の判断は正しかったのだろう。…いや、正しかったのは祖母の忠告だな。 北枕…完
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