第一章 ドッペルゲンガー

4/52
29人が本棚に入れています
本棚に追加
/333ページ
ではございません。でも、あたくしどもには果たさねばならぬ大切な務めがございます。ここは慎重を期した方が良いかと」 「徳叉迦(とくしゃか)、うぬは心配性じゃのう」  和修吉をなだめたのは脇差しを差したもう一人の陣羽織だ。  この青年は優鉢羅とはまた違った美しさを持っている。優鉢羅は男性的な優美さを誇っているが、徳叉迦の美貌は女性的で妖童と呼ぶにふさわしい。  そして何より人目を惹くのは、柘榴石(ざくろいし)のような左眼だ。事実、その瞳に見つめられた粗暴な和修吉が、先程までの興奮が嘘のように静められ、苦笑を浮かべているではないか。 「で、追っ手の数は?」  優鉢羅は人差し指を立てた。表情は相変わらず能面のようだ。 「ケッ、わしらもナメられたもんだ」 「寄越さなかったのではない、寄越せなかったのだ。どちらにしろ優鉢羅の式を一人で打ち破ったとなると、(あなど)ることはできぬ」  腰に太刀を()いた、着流しの男が口を開いた。眉間に刃物で斬られた醜い傷跡がある。男はそれを指でなぞっていた。 「阿那婆達多(あなばだった)の云う通りぞ。我ら八大竜王にたった一人で立ち向かわせるとは、東軍もよほどの者を送り込んだに相違ない」 「難陀(なんだ)さま……」  和修吉は悪戯を母親に見つかった子供のような顔をした。     
/333ページ

最初のコメントを投稿しよう!