白と青と緑

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 加納晋平もそんな無個性に蝕まれた1人だった。  路面電車の駅舎の壁に凭れ、スマートフォンに接続したイヤホンで音楽を聞きながら電車の到着を待っている。今日は晴れ。もし雨だったら、晋平も紺の傘を差して空から落ちてくる雨の礫から身を守っただろう。ポケットに手を入れて気怠そうに立っている姿は、赤の他人から見ればもうそれは風景の1つに過ぎなかった。  やがてゴトンゴトンという鈍重な音を従わせて1両の電車が駅舎に到着した。日曜日のお昼前。スーツ姿の人はほんの一握りで、乗客は思い思いの衣服を身にまとっている。一見するとカラフルではあるが、やはりそのどれもが有り触れた個性に染まっている。  電車のドアが開くと、汗と体臭と口臭と混じった空気が我先にと外へ吐き出される。そんな空気も車内の冷房が効いている為か、駅舎で待っていた人々は車内に入ると安堵の息を漏らす。程なくして車内と外界は遮断され、聞き飽きたクマゼミの鳴き声も遠ざかり、僅かに聞こえていた声もエンジン音と人混みにあっと言う間に掻き消された。  駅をいくつか経る。その度にお婆さんが降車してお爺さんが乗車する。その程度の差異だ。バニーのお姉さんが乗車する事も、黒尽くめに覆面の集団が銃を片手に乗車してくることも無い。至って平和で代わり映えも無い繰り返しだ。  何回それを繰り返しただろう。数えるのも嫌になった頃、晋平は電車から降りた。ほんの数十分、外界から離れて箱形の乗り物に揺られただけで景色は一変する。  5階建てかそこらのビルが乱立していた白、灰、アスファルトの黒にぽつぽつと緑が顔を覗かせるだけだった世界から、黒はそのままに緑の絵の具を白や灰の上から塗りたくったような世界へと変貌していた。  不思議と緑が多くなると視線が上に誘導される。澄み切った青の空と大きく膨らんだ入道雲が飛び込んでくる。晋平は大きく息を吸い込み、先程までの重苦しい空気に漬け込まれ淀んでいた肺を濯いだ。  息を吐く。体が軽やかになる。それでも、晋平の心までは軽くならなかった。
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