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「知らない子?」
「小さな女の子でね、和樹はお母さんじゃないっていうし、駈はわたしに似てるっていうし、ピンクのドレスを着ててね……」
「……っ」
いきなりお父さんがコーヒーを吹き出して花梨はびっくりする。ごほごほむせながら涙目になってお父さんが花梨に訊く。
「見たのか?」
「見たから訊いてるんだけど。お父さん知ってる?」
ぶんぶんとすごい勢いでお父さんは首を振る。
「お父さんは知らない。花梨も早く忘れろ」
なんだそれは。気に入らない気もしたが父があまりにダメージを受けている様子なので花梨は大人しく引き下がってあげた。
入浴の後、花梨が寝入ったのを見計らって彼は電話を取り上げた。
「もしもし?」
電話口に出た相手に話しても大丈夫かと前置きする。了承を貰って彼は幾分声を大きくして問い詰めた。
「ねえ、なんであの写真まだ持ってるの? 兄貴に返したんじゃなかったの?」
『なんのこと?』
「先輩の卒業アルバムに挟まってたの子どもたちが見つけたって」
『ああ。そうだったかな、覚えてないや』
まったくこの人は。ぐりぐりと彼は自分の眉間を揉む。
「なんでよりによって家に置いとくの? 一ノ瀬さんに見られたらって思うとぞっとする。ちゃんと処分してよ。いい?」
『わかったわかった』
笑いを含んだ声が軽い調子で返事をして、それから訝し気に尋ねてきた。
『あの子たちはどうして私のものを漁ったの?』
「花梨が、お母さんの写真はないのかって」
『ふうん?』
「寂しいんだと思うよ」
沈黙が降りた電話口に彼はそっと囁く。
「おれも寂しい」
『私も』
返ってきたやさしい声音に怒りが霧散していることに気づく。駄目だな、自分。いくつになっても。
『もうすぐ帰れるから』
「うん。待ってる」
愛する人に向かって彼も優しく言葉を返した。
「おじいちゃん、おばあちゃんの言うことちゃんと聞くんだぞ。八時に迎えに来るからな」
「はあい」
「ありがとうございました」
母方の祖父母の家の前で花梨と和樹がクルマを降りていく。最後に残った駈はじっと花梨のお父さんの顔を見つめる。
「えーと、どうしたの?」
「……ボク、誰にも言いませんから」
「……。それはどうもありがとう」
苦く笑った花梨の父親に会釈して、駈もクルマを降りて玄関に向かった。
お母さんは天使で悪魔で女神様。いたずら好きは直らない。
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