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アスレチックは込み合っていたからお花を見に行こうと提案する。賑やかなのは好きだけどうるさすぎるのはキライ。
西部開拓地風なお店の前でソフトクリームを舐めながら人込みを眺める。どこの子どもだってお母さんと手をつないでいる。そんな光景ばかりが目に飛び込んできてしまう。
「風船もらいに行こう」
小さなワゴンを引いたピエロが子どもたちに風船を配っている。別にいらなかったけれどお父さんが言うから、花梨は黄色いハート型の風船をもらった。
バラ園の大階段を降りて芝生の広場の横を通ると、少し年上の少年たちが集団で、こっちを見もしないでものすごい勢いで駆けてくる。ぶつかると思って花梨は目を閉じる。何か大きくて柔らかなものに体を包まれる。そのすぐ横を少年たちが通りすぎていく。
「……」
目を上げると、薄茶色の二足歩行のコアラが花梨の肩を抱いている。びっくりして風船の紐から手を離してしまう。
「あ……」
黄色のハートが音もなく青空に吸い込まれていってしまう。すると花梨の傍らにいたコアラがやっぱり音もなく駆け出して、ふわりと飛び上がった。ミトンの形のコアラの手が風船の紐を器用にキャッチして静かに歩道に着地する。
わっと周囲から歓声が上る中、花梨はまだまだもっと幼かったころのことを思い出していた。
あの日はお母さんがいて、帽子を深くかぶって顔を隠しながら花梨とお出かけしてくれた。お父さんも一緒に手を繋いで歩いていた。場所はどこかは分らないけれど、やっぱり黄色い風船をもらって、何かの拍子に紐を離してしまって、がっかりして見上げていたら、お母さんがジャンプして風船を取ってくれた。
羽が生えてるみたい。空に浮かび上がりそうなほど軽やかなお母さん。だって、お母さんは……。
コアラが無言で首を傾げて花梨に風船を差し出す。受け取ってコアラの黒い瞳を見上げて花梨は何か言いかける。
周囲で見ていた子どもたちがわっとコアラに飛びついてきた。
「すっごい、このコアラ。もう一回やって」
「やってやって」
急にあたふたと頭を押えながらコアラは困惑した様子で顔をそむけ、謎のステップを踏みながら優雅に軽やかにその場から走り去った。子どもたちがわっと後を追いかけていく。
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