un―アン―

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un―アン―

 いつものように家族で夕飯を囲みながらお笑い番組をみて笑っていると『ピンポーン』という無機質な機械音が響いた。 「お姉ちゃーん。出てくれないー?」 「はーい」  醤油をとるためにキッチンで冷蔵庫の扉を開けようとしている母の声に愛想よく答えて腰を上げた姉の姿にふと虫の知らせのような勘のようなものが働き、数秒遅れて私もリビングから玄関に向かった。  ちょうど外開きの玄関のドアを開けたところだったのだろうか? そこにはドアノブに手をかけた姉と赤バラを抱えて小洒落たスーツを着た見知らぬ若い男、その男の後ろに柔らかく動きやすそうな素材の品のよさそうな燕尾服を着たこれまた見知らぬロマンスグレーという言葉が似合う初老の眼鏡をかけた執事っぽい男性がいた。  そしていきなり始まる冒頭のプロポーズという非日常感と姉のいつもどおりの口調、嗅ぎ慣れない100本はあろうかという大量の花の匂いに目眩を覚えつつも、私はあわてて駆け寄ると庇う様に姉の前に立って両手を広げた。 「ちょっとミサ姉?! なにフツーに返事してんのよ! ストーカーとかヤバイ奴かもしんないでしょ?!」 (いいや、こんなでっかい花束持って人様の玄関先でいきなりプロポーズするなんて絶対ヤバイ奴にちがいない……!)  心の中で絶対的確信を持ちながら花束で完全に上半身が隠れて顔だけが出ているような滑稽な男をギロリと懇親の目力で睨み上げる。  まぁ、よく見れば直径40~50センチはあろうかというたいそう大きなバラの花束の上にあっても違和感のないほどの鼻筋の通った美しい顔立ちで、黒味がかった茶色の髪に青色ではなく少しかげったような緑色の碧眼の透き通るような色白なお肌のイケメンではあるが……。 あやしいものはあやしい。断じてあやしい。 おまけに開いた玄関のドアから見える街灯の淡いオレンジ色の温かい光が反射してテカテカと黒光りしている高級そうな外車も、いかにも中流階級の一般人ですといわんばかりの家が立ち並ぶ平和でフツーな住宅地とミスマッチすぎてあやしい。
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