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それは、茨城県の田舎にある、両側を森で囲まれた一本道での夜の出来事だ。
当時五歳だった私を自転車に乗せた母は、街頭もないその道を走っていた。
私が蜂に刺され救急病院に行った帰り、普段ならば絶対に通らない時間であるため、予想以上に真っ暗な道に母は怯えていたと思う。
私は疲れて、ぼーっとしていた。
暫くすると、右側の森が開けて、ため池になっている場所が見えてきた。
その時、私はふと顔をあげた。
まるで耳元で鳴っているかのような、ぴちゃん、ぴちゃん、という音が聞こえてきたからだ。
「おかーさん、なんか聞こえる」
「えっ?なに?」
母に訴えると、母も耳をすませた。そして母にもその音が聞こえたようだった。
私は音がする方へ、ため池の方へと顔を向けた。
「……っ!」
母も同時に見ていた。
母がひきつった悲鳴をあげて自転車のスピードをあげる。
ぴちゃん、ぴちゃん、
そんな音をたてながら、白い着物を着て、濡れ髪を垂らした女がため池の水面を滑るようにすーっと移動していた。
私はため池が見えなくなるまでそれをじっと見ていた。
最後に見たのは、自転車のあとを追うようにため池から道路へと出てきた女の姿だった。
私はその時ようやく恐ろしくなり、後ろを振り返るのをやめた。
あのため池にいたものが、どこまでついてきたのか、私は今も時々考える。
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