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「殺してよ」 彼女があの夜呟いた第一声というのは、そんな物だった。 「分かった」 僕は自然にこう答えて、彼女の首に手をかけた。 白くて、滑らかな感じがしたけれど、あれは見た目だけだ。感触自体は、実は全くと言っていいほど憶えていない。 ただ、彼女の瞳が、小さく揺れて、泣いているんだと気づいたことは、ぼんやり頭に残っている。 僕は彼女を上から押し付けるように力を込め始めた。 彼女の首の青筋は、ピクピクと動いたようで……でも、それも定かじゃないんだ。 喉を詰めるような音はしたけれど、彼女は決して口を開きながら空気を吐き出すこともしなかったし、下劣な表情も出さなかった。 月の欠けた夜にふさわしいような、綺麗な死に方だった。 彼女は、左手で布団のスーツを掴み、空いたもう片一方の腕は僕の腹に当て、やがて腰をゆっくり持ち上げて行った。 知らず知らずのうちに力んだんだろうね。でも、彼女は猿ではなかったから、僕を引っかいたりもせず、充血した目で睨むような真似もしなかった。 ……ほんのり紅潮していたのは、多分確かなことなんだろうけど。 しばらくそうしていると、彼女は突然ストンと脱力しきってしまった。 けれど、そんなことで僕は指を緩めなかった。 あの時、僕は天井を見上げていたんだと思う。 何も考えていなかったけれど、目の前は、一面、白かった。暗がりの中の白は、浮かび上がるようで、なんだろう、今考えてみれば、幻想的な美しさを放っていたんだ。 それから数分して、僕はようやく手を離した。 ぽっかりと指跡がついてしまったのを呆然と眺めると、物事の理屈なんか、不思議と消えてなくなってしまうみたいに思えた。 おかしいよね。あんなに必死に駆け落ちなんてして、結局死にに来ただけじゃないか。 ………僕は、彼女の後を追おうとはしなかった。ゆっくりと受話器を手にとって、警察に連絡したんだ。なぜか、自分のカバンに入れてあったスマホは使わずに、固定電話にこだわって。どうでもいいことだろうけど、そっちの方が適当だなんて考えたんだろう。 警察には、「人を殺しました」って言ったらしいね。なんて実直な男なんだろう。僕は自分を見直したい気分だ。 彼女の分も生きよう?そんな馬鹿げたこと誰が言うんだ? 彼女の青白い顔をね、君も見ただろう?あれは偽物だよ。彼女ではない。だから、そんなこと思わないさ。 でも、今夜はもっと月が小さいよ。
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