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「あ、先輩。それ、持ちますよ」
資料室から持ち出したであろう、厚さ7センチほどのファイルを5、6冊抱えた眼鏡の女性社員に、若い男性社員が手を伸べる。
「いいえ、結構です」
敦子(あつこ)は会社の後輩、航(わたる)の申し出を一蹴した。
「あ、で……でも――」
伸ばした手をびくつかせながらも、航は遠慮がちに敦子に言う。
「いいって言ってるでしょう! ほら、寧ろ邪魔だから退いてちょうだい」
「す、すみませんっ……!」
ヒールの音が乱雑に、廊下に響く。
「……」
航ははあ、と溜息をつく。
「……何なんだよ」
人の厚意を踏みにじりやがって。
そんなんだから男にも女にも煙たがられるんだ。
航は通り過ぎた敦子の背中をにらみつけながら拳を震わせた。
「あ、航くん。ちょっとお願いがあるんだけど」
同期の真美(まみ)が、国語辞典3冊分くらいの段ボール箱を抱えて航の前に突き出した。
「これ、事務局まで運んでくれない?」
「は? 何で?」
「だって、これ重いんだも~ん」
真美は強引に航の胸に箱を押し付ける。
「ぐっ……」
「ありがとう、じゃああたしもう帰るね」
「あ、ちょっと待てよ!」
真美は颯爽とその場を立ち去り、帰り支度をしてオフィスを後にした。
「……ったく……」
航は仕方ない、といった様子で箱を抱えたまま事務局に向かった。
「やっぱ男は、頼られてなんぼ。だよな」
*
「はあ……」
敦子はファイルを運び終えると、印刷室の扉を開けた。
誰もいない。
「……荷物くらい、自分で持てるっつの」
独り言。
「中途半端にしゃしゃり出るなっての、新人のくせに」
大きな、大きな。
「新人の助けなんかね、必要ないの!」
独り言。
「だって、私は……」
人に頼らなくたって、何でも自分でできるもの。
できるのに他人の力使うなんて、馬鹿女のやることよ。
「私は、強いんだから」
でも。
時々、虚しくなる。
今も、そうだ。
「荷物の一つや二つ……」
はたり、と落ちる雫。
撥水加工されたファイルの表紙が、それを静かに弾いた。
「う……うっ……」
敦子は肩を震わせながら続けた。
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