【第二章:スズと風のサーカス団シルフ 二十一】

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「……それにしても、良くスズ君の好きな曲が分かりましたね」  全身の毛を乾かしながらブラッドが言う。  大浴場の壁に設置された巨大エアコンのようなドライヤーからは温かく膨大な量の風が出ているが、会話を大きく邪魔するような騒音は出ていない。 「ミュージックプレイヤーの一曲目とケータイ、どっちにも入ってる曲だったし、ボクも好きな感じの曲だったしね」  ギンコが隣で答える。長い銀髪は風に吹かれて舞い踊っている。  ギンコが数回聴いただけの曲を弾けたことに対しては、二人とも特に話題にしていない。 『吟遊詩人』にとっては、いわゆる『耳コピ』はお手の物なのだ。 「それよりさ、もし彼が本当に何も出来なかったら、どうするつもりだったの?」  今度はギンコがブラッドに問うた。 「その時はもちろん、我が団員達が黙っていなかったでしょうね。  凱旋公演のフィナーレを台無しにしたくはないでしょうから」  ブラッドが肩をすくめる様にして言う。 「みんな全力で場を盛り上げたと思いますよ。即興の彼のサポート役として」 「つまり、出てきた時点で合格、と」  やっぱりね、という顔で巨大ドライヤーのスイッチを切り、ギンコが笑いながら髪をまとめる。 「いえいえ、それでも彼が逃げ出したり、こちらや観客に向って逆上するような性格なら、一緒の旅はご遠慮いただいた事でしょうし。やはり合格したのは彼の実力ですよ。  その場で自分に出来る最善の事を的確に判断し、全力でやってのけたんですから。  その機転と勇気と行動力は、賞賛すべき彼の本質でしょう。  たとえ誰かさんに強引に舞台の上に放り出されたんだとしても、ね」    寝巻きの上着を羽織り、ブラッドも笑って答えた。 「緊急事態の時ほど、人の本性はあらわれるものですから」
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