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「で、吸う」
レクチャーする課長を上目遣いで見た。目が合った。こんなふうに目線を合わせるのは初めてだった。変な感じだ。
この人は、いくつなのだろう。髪はボサボサで白髪交じりだし、笑うと目尻にしわが寄る。三十後半か、四十代前半? ワイシャツはよれているし、ネクタイはここ三日、ずっと同じだ。左手に指輪はないし、未婚に違いない。
じり、とフィルターが燃える音が聞こえた。すかさず肺に滑り込んでくる、渋味。思わず咳き込んだ。
「まっず」
吐き捨てるように評価すると、課長が声を上げて笑った。腰を上げ、短くなった自分の煙草を灰皿に押しつけて煙を消すと、手のひらを差し出してきた。
「お子様には早いか。貸せ」
「え?」
俺の手から煙草を奪うと、ためらわずに口に運ぶ。
「あ」
声が出てしまった。課長が俺の咥えていた煙草を。
腰の辺りがゾク、として、急に落ち着かなくなった。しゃがみ込んだまま、課長を見上げる。美味そうに、煙を燻らせている。どうしてだろう。薄く開いた唇から吐き出される煙の香りが、今は不思議と不快じゃない。
「何?」
課長が煙草を咥えながら壁にもたれ、俺を見下ろしてくる。
「あ、い、いえ、なんでも……、失礼します!」
慌てて立ち上がり絶叫すると、ドアを開け、中に転がり込んだ。
心臓がうるさい。息苦しい。体が火照る。
こぶしで胸を乱打して、何度も息を吐く。
どうなった。
これはなんだ。
自分の感情の正体に気づくのは、もう少し先になる。
〈了〉
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