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死を厭っているあいだ僕は、本当はそれと同じくらい生を厭っていると知っていた。
幸福を求めて泣く人を何人も、叱り、教え、導くあいだ僕は、幸福という言葉に何の力もないことを知っていた。
―――――誰にも言うものか。
その言葉を呟くとき、僕はいつも奇妙に甘美な想いで、自分がし得る限りの最も安らかな笑みを浮かべていただろう。
不思議なのは、その時の自分を思い浮かべようとすると、必ずと言っていいほど、別の姿になることだった。
その姿が誰のものか、僕は知っている。
『彼は俺を憎んでいたわけじゃない。
彼は、俺を、愛していた』
あれは、僕の口を塞いでしまおうとして、投げやりのように放たれた告白だった。
僕は左の奥歯を噛みしめた。その時の、奥歯が、くっと沈む感じ。―――――
眼前に迫った彼の瞳に、僕は、胸を串刺しにされたような感動を覚えていた。
この国のあちこちに浮かんでいる瞳と同じ色だとは、とても思えなかった。その瞳は、冴え冴えとした夜の音を奏でながら、仕留めた獲物をじっと見おろす鷹のように、僕を見ていた。
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