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第四章 弁護士の場合
もしも、人生の分岐点で選択肢を間違えたのだとしたら、あの最終電車でのことだったと思う。
どっから調達してきたのかわからないシルクハットを胸にあてて、私の恋人は高らかに宣言した。
「レディーーースアーーーンドジェントルメン! さぁ、解決篇という名のショータイムの始まりだ」
うんざりしながら私はため息をついた。
どうしてこの人はいつもいつも、
「事件を呼び寄せ、解決するのか」
隣に座っていた笹倉くんが小さい声で言った。
「ほんと、それ」
私は答えると肩を竦めた。
この世には名探偵という人種がいる。それは、職業ではない。人種だ。
彼らは事件を呼び寄せ、それを解決し、それで食べている。なんというか、事件そのものを喰らっているのだと思う。妖怪か。
そしてとても残念なことに、私の恋人がソレなのだ。
残念過ぎて、吐き気がする。
「あいつ、なんだかんだでノリノリですね」
「あの人、ミステリと名がつけばボケミスでもラノベでも構わないタイプの人だから。こういう演出も好きなのよね……」
「今回はハードボイルドに行くとか言ってたような」
いつものように出かけた先で出会い、いつものように事件に巻き込まれた私と笹倉くんの前で、確かに慎吾はそう宣言していた。
それは宣言するようなものじゃないとも思うが、まあ今更そんなところをとやかく言っても仕方ないだろう。
「トリックが手品っていう段階できっと捨てたでしょうね、それ。手品とミステリとかいいよね! 探偵のライバルにいそう! とか言ってたし」
なかなかにいい笑顔で言っていた彼を思い出す。
名探偵は、他の人がいない楽屋では、結構とんでもない発言をぶちかますものだ。
「ああいうのが名探偵とか、やってられないですよ。あいつ、名探偵も歩けば事件に当たる、を地で行くし……。名探偵がいるから事件が起こるんですよ。マジで」
ぶつぶつと笹倉くんが呟く。いつもいつも巻き込んでしまって申し訳ないなぁ……。
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